①【前提整理】
今の社会では、こんな言葉が当たり前に使われている。
- それを選んだのは自分
- 自己責任でしょ
- 努力不足じゃない?
- 文句を言う前に行動しろ
- 国や会社のせいにするな
この空気は、「自立」を促しているように見える一方で、
あらゆる結果を個人に帰属させる圧力にもなっている。
②【混同されがちな点】
ここでよく起きる混同はこれ。
- 自己決定と自己責任の混同
- 選択できたことと、選ばされたことの混同
- 努力できなかったことと、努力できる環境がなかったことの混同
- 個人の失敗と、制度設計の失敗の混同
結果として、
構造的な問題が見えなくなる。
③【構造分解】
■ 制度の後退と責任の個人化
- 雇用の不安定化
- セーフティネットの縮小
- 再挑戦の難しさ
これらが同時に進むと、
失敗を吸収する場所が消える。
■ 「選べる風」の罠
- 表面上は自由
- しかし実質的な選択肢は少ない
- 選ばなかった選択肢は最初から取れない
それでも結果は、
本人の選択として処理される。
■ 成功物語の量産
- 成功者のストーリーは拡散されやすい
- 失敗の構造は語られない
- 例外が一般化される
結果、
できなかった人は努力不足扱いされる。
■ 批判の向き先の変化
- 以前:制度や組織への批判
- 今:個人同士の批判
自己責任論は、
怒りの矛先を分散させる装置にもなる。
④【結論ではない整理】
「自己責任」が強くなったのは、
人々が急に冷たくなったからではない。
- 失敗を受け止める制度が減り
- 再起のルートが細り
- 説明責任だけが個人に残った
この状態では、
責任を個人に押し戻すしかなくなる。
だから問うべきは、
- なぜ責任を取れないのか
ではなく - なぜ責任を分散できなくなったのか
健全な社会とは、
責任を厳しく問う社会ではない。
失敗が個人で破裂しない社会なのかもしれない。
